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 ホノカの剣技は確かのものだった。流れるように繰り出される斬撃。それは正式な流派の剣術を学んだ確たる証。もちろん、生まれついての素質があったからこそのことであり、優しく厳しかった父親の教えがあったからでもある。そして彼女自身の努力の結晶であることも忘れてはならない。

「はっっ!!」

 男性に比べ非力な女性が使う剣は、一般的に細身の剣であった。もともと儀礼用として王家の人々が儀式の時に使用し始めた、いわば「飾り」的なものであったが、それを造る刀匠によっては充分強力な武器になりえる。彼女の剣は独特の粘りをもった金属を使い、適度にしなるよう鍛え上げられていた。その殺傷力は、魔力剣に勝るとも劣らない。
 ホノカは剣の特性を十分把握していた。一撃は空を切り裂き、元の威力以上に相手をたじろがせる。たとえ力とスピードの双方が劣っていたとしてもここで退く事はできない。いまは集中力の続く限り戦いつづけなければならないのだ。

 ぎぃぃぃぃぃぃぃぃんっっっっ!!!

 繰り出された攻撃の手を、いともたやすく弾く。全身が鋼の硬度を持っていると錯覚させるほどに、打ちつけた剣を持つ手に痺れが走った。

「っっ! な、なんて硬さなの!?」

 どす黒い皮膚をした魔物は、必死に抵抗し続ける非力な人間を嘲笑うかのように薄く目を細めた。




センチメンタルファンタジー
第三話「回逢」




 一進一退の攻防が繰り広げられていた。森はもうすぐ夕闇に支配される。そうなればこの均衡は確実に崩れてしまう。ホノカは焦っていた。

 ぎぃんっっ!!! ぎぃんっっっ!!!

 重たい鋼の打撃、両手から繰り出される攻撃をたった一本の武器で防ぎながら隙をみて反撃を加える……魔物はわざと隙をつくっているようであり、その攻撃はことごとく無効化されていた。
 ホノカ自身、こんな化け物と戦う事は初めてだった。いや……実戦自体、それほど数多くこなしているわけではないから、この表現は適切ではないのかもしれない。

 だが、最初の一撃が敵を斬りつけたように、彼らはもともと剣で傷をつけられないほどの硬度を持っているわけではない。凄まじいまでの再生能力を兼ね備えていることも確かであるが、それでもダメージをあたえることはできる。

 ではなぜ、ホノカの攻撃で敵を傷つけられないのか? その理由がわからなければ、彼女に勝ち目はない。

「くっ! 負けるわけには……」

 気を抜けばその存在に圧倒されてしまい、飲みこまれてしまいそうになる。かろうじて精神を支えているものは、彼女の後ろで小さく震える少女の存在であった。
 名前もなにもしらない縁もなにもない少女に、自分がなぜここまで真剣になれるのか。……いや、疑問に思うことなどない、これが彼女の性格であり性分である。それを否定する事はすなわち、自分の存在さえも否定することになる。

 けれど……

 ホノカは懸命に攻撃を受け流しながら、悲痛な思いを抱き始めていた。

 けれど……、一人では勝てないかもしれない―――

 最初の一撃は完全な不意打ちとして決まった。だからこそ、一人の少年を助けることができたのだ。
 では、不意打ちではなく単純に力比べとなったらどうか? 勝負は目に見えている。

 ぎぃぃぃぃぃんんんっっっ!!!

 上段から振り下ろされる爪を、両手で握った剣で受けた。が、勢いがとまらない!

「くぅっっっ!!!」

 なんとか剣筋をそらし半身になって攻撃を送り出そうとしたのだが、敵はその瞬間を待ち構えていたかのようにニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

 ズンッッッ!!!

「んぁぁっっ!!!」

 人間であれば到底無理な体勢から、空を切るスピードで繰り出された蹴りは見事にホノカの腹部を捕らえ、どこからそんなに力が加わっているのかわからないほど凄まじい衝撃と破壊力を持って少女を軽々と吹飛ばした。

 体が宙に浮き、次の瞬間には地面にたたきつけられて2、3度バウンドしごろごろと転がった。

 あっけないほどに一瞬の出来事で、ホノカにも何が起きたのかよくわからなかった。腹部に受けた衝撃と地面に叩き付けられ背中に受けた衝撃で気を失う事もできず大地に投げ出されている。ただ、なんとか剣だけは手放していなかった。

 立ち上がらなくては……、はやく立ち上がらなくては……。

「う、ううう……」

 化け物は満足げに再び立ち上がろうとする少女を眺めていた。それは、じわじわと嬲ることを楽しんでいるかのようであり、あきらかに少女と自らの力の差を理解していた。

 ふしゅるるるるるるる・……ふしゅるるるるるる……

 長年喘息を患っている老人の呼吸音にも似た音を立てながら、一歩一歩ホノカとの距離を詰めていた。あくまでもゆっくりと、プレッシャーを与えるように歩む。勝利を確信した足取りであった。

 ホノカは剣を支えに懸命に立ち上がる。が、呼吸がままならない。

「げほ、こほこほっ……」

 片膝をつき、左手で口元を押さえ必死にこみ上げる嘔吐感をこらえた。いつの間にか、口元はぬるりとした紅い液体で濡れている。

―――ここで、負けてしまうの? お父様との約束は守れないの?

 焦点のうまくあわない瞳で化け物を見上げる。そいつはもうすぐそばまで来ていて、今しも再度その腕を振り下ろそうとしていた。

「おねいちゃんっ!!!」

 少女が叫ぶ。はっと我にかえったホノカは、勢いよくその場から飛び退った。

 空を切り裂き、鋼の爪がそれまで彼女のいた大地をえぐった。砂礫が飛び散り、ホノカの鎧をたたいた。まさに紙一重の差である。

―――まだ、まだやられるわけには!

 キッと眉根を寄せ、鋭い視線で敵を見据える。だが、相手もこちらに立て直す機会を与えるつもりなどない。強靭な肉体のバネをつかって、強引とも言えるほどの姿勢変更を行いその間合いを一気につめた。

ぎぃぃぃぃぃぃぃんっっっ!!!

 再び夕暮れの森に金属音が鳴り響いた。先ほどの一撃と勝るとも劣らない痛烈な打撃である。受けた剣が悲鳴にも似た軋み音を上げた。

「お父様! ホノカに力をかしてくださいっっ!」

 ホノカは鋼鉄の手甲を装備している左手を握っていた柄からはなし、刀身にその甲を添えて支えとした。絶妙にタイミングをあわせ体を沈めることで、一気にかかる魔物の力を分散させることも忘れない。
 柄を両手でもっている状態で耐えるよりは、柄と刃とで直線を作り耐えたほうが耐えやすくそして、……攻めに転じる事もできる。

「はっっっ!!」

 数秒その状態で維持し、裂迫の気合と共にホノカは化け物の爪を押し返した。全身全霊の力をこめて、力強くすばやく。一瞬ではあるが化け物はよろめきをみせ、次の瞬間押し返す刃が弧を描いて空を切り裂いた。

 バッと人ならざるものの鮮血が飛び散った。なかば戦意を喪失しかけていて魔物の成すがままの状態だった少女の思いがけない反撃だったためか、その一撃は初撃よりも深く決まった。化け物は驚愕し不気味に赤く光る瞳をめいっぱいひろげ、本能でその攻撃から逃げるべく飛びのこうとした。
 だが、ここで攻撃の手を休めてはおなじことの繰り返しになる。ホノカはさらに化け物の懐深くに踏み込み、振り上げる刃で後退し逃げようとする魔物の腕を斬りつけた。返り血が純白の鎧を緑色に染め、少女はその体液が目に入らないようぐっと瞳を細めた。

 これは試合ではない、真剣な命の取り合いなのだ。躊躇することは、自分の命を捨てるも同然なのである。闘いの天秤はいまや少女に傾いていた。わずか一撃が戦局を握る……、そのことをホノカは身にしみて感じていた。

 とにかく、攻撃の手を緩めてはいけない―――

 少女は細身の剣を水平に構えると、体液を滴らせながらよろめく化け物に対し渾身の力をこめて突きを繰り出した。細身の剣のもっとも得意とする突きは凄まじいまでのスピードで繰り出すことで、そうそう簡単にかわすことはできなくなる。直線的な攻撃であるが、その追突力のため防ぐことも難しい。

「はあぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」

 そのときホノカは剣と自分が一体化したかのような不思議な感覚にとらわれていた。ズンとした手応えの後、ずぶずぶといとも簡単にめり込んで肉を引き裂く感触が全身を駆け抜けていた。それは、おぞましくも甘美な感覚であった。


グギャオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!


 いっそう激しく血しぶきを撒き散らしながら、魔物は森を震わせるほどの叫び声を上げた。びちゃびちゃと体液が大地へとこぼれ落ち、汚い水溜りを作り出す。肺を突きぬけ、内臓を引き裂き、刃は敵の体を貫通し向こう側にまで到達していた。

 まさに一呼吸の間の攻防であった。たったの2、3度瞬きをするかしないかの間に優劣は完全に入れ替わり、致命傷となり得る一撃を少女は繰り出していた。

 だけど、

 ホノカは全身の緊張を解いてはいなかった。

 だけど、まだ敵は倒れていない!

 完全に倒れるまで闘いは続く、少女はそのことを直感的に悟っていた。だから、さらなる攻撃を加えようと、深深と敵を刺し貫いていた剣を引き抜くため柄を握り締めた両手にぐっと力をこめた。

 貫くときと同じ感触が剣を伝う。ずるずると肉を引き裂く感覚に生理的嫌悪感を覚えたが、ホノカは刃を一気に引き抜いた。……いや、引き抜こうとしたのだが。

 ?! ぬ、抜けない!?

 瞬間、再び戦場の掟が冷酷にも少女に襲いかかった。驚愕に目を見開く少女とはうって変わって、苦しみの表情を歓喜の表情に変えた闇の眷属がいた。
 大量の血液をほとばしらせながら、魔物は最後の力ともいえる攻撃に出た。引き抜かれゆく剣をがっしりとつかむと、接触するほどに近づいていた憐れな少女に、ギラリと光る右腕を繰り出した。それは、かなりの深手を負っているのにもかかわらず、先ほどの少女の一撃とほとんど変わらぬ速さであった。

 敵の突き出す血塗れの爪がやけにゆっくりと感じられた。少女は声を上げる間さえもなく、その光景を眺めていた。

 ドスンッッッ

 衝撃が「横」から襲い掛かり、ホノカはかたく瞳を閉ざした―――



 大地にたたきつけられる衝撃は、先ほどと違いほとんど感じなかった。痛みを感じられないくらい激しく打ちのめされたのかと、少女はそのように感じてさえいた。

「だ、大丈夫かい?」

 突然耳元から、男性の声が聞こえた。ぱっと目を開き、現状を確認する。
 すると少女は、まったく知らない男性にだきすくめられる形で大地に投げ出されていた。化け物から数歩距離を置いた地点である。

「え、あ……」

 ホノカの頭の中が混乱の渦に包まれる。だが、敵はそれを整理する時間を与えてはくれなかった。

「ヒロ! 危ないっっ!!」

 また知らない声。今度は若い女性のようだ。

「わかってるって! ほら、はやく!」

 いち早く飛び起きた青年にぐいっと腕をつかまれ、強引にも立ちあがらされた。いったいどうなっているのか、なにがなんだかわからない。状況がまったく把握できない。

「お姉ちゃん! 呼んできたよ!!」

 聞き覚えのある少年の声が響いた。めまぐるしく状況の変化する戦場で、かちりとなにかがはまる音が聞こえたような気がした。そうだ、少年に助けを呼んでくるように頼んでいたのだ。

「さがってっ! 後は俺がなんとかするから。タエコ、援護頼む!」

 応援に駆けつけた青年は、そういって少女と魔物との間に立ちはだかった。わずかに反りのある片刃の長剣は、ホノカの国では使うもの少ない蛮刀とも呼ばれるものだ。両刃の直刀と違い突きによる攻撃はできず、斬りかえしにも相当の修練が要る。

 魔物は、先ほどホノカに刺し貫かれた細身の剣を一気に引き抜いた。そして無造作に横に投げ捨てる。凄まじいまでの再生力が働きはじめ、ぶくぶくと泡を立ててその傷を修復しようとしていた。新たなる獲物の到来に、魔物もにわかに殺気立っていた。

 青年は目を見開いてその様子を見た。

 一年ほど前これと同じ光景を見たことがある。忘れようとしてもけして忘れることのできない、深い心の痕となるに難しくない嫌な光景だった。

 怒りがふつふつと湧き上がった。カッと頭に血がのぼり、自然と剣を持つ手に力がこもった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 青年は一気に間合いを詰め、父から託された剣を振るった。肉を引き裂き骨を立ち斬る凄音が響き、刃を止めるはずだった魔物の左腕が飛んだ。

「!!!!!!」

 その場にいたもの達全てが言葉を失っていた。

 先ほどまでどれほどホノカが斬りつけても瞬時に再生してしまうような傷しかつけられなかった肉体を、青年はいともたやすく切断する。それほどに剣の切れ味がよいのか? それとも青年に「力」があるからなのか。
 ぐしゃり、と宙を舞っていた魔物の腕が大地に落ちた。

 魔物は再び叫び声をあげた。だが、まだ倒れない。倒れようとしない。

 横に薙ぎ払われたもう一方の魔物の腕をやすやすとしゃがんでかわし、飛び上がる勢いをつけて剣を振り上げた。無我夢中だった、考えて動かしていたわけではない。

 ホノカはその青年の動きに目を見張った。少女自身は、投げ捨てられた彼女の剣を隙を見て拾い、いつでも青年に加勢できるよう構えていたのだが、その激しいまでの青年の攻撃にうすら寒いものを覚えていた。

 激しい血しぶきが青年の顔を濡らした。2、3歩よろめいて後ずさりする。魔物に逃げる暇を与えず、青年は渾身の一撃をはなった。

「んおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!」

 ゾンッッッッッ!!!

 大上段から振り下ろされた剣は、魔物の肩口から腰あたりまで一気に引き裂いた。それまでとは比較にならないほどおびただしい量の体液を、びちゃびちゃとあたりに撒き散らしながら魔物は動きを止めた。
 青年は魔物の体に足をかけ、肉体を断ちきれずにとまった剣を引き抜く。反動で魔物は数歩よろめきながら、パクパクと空気を求めるように口をわずかにうごかし、そのまま仰向けに倒れた。

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ」

 肩で荒い息をしながら、引き抜いた剣をそのまま構える。まだ、闘いは終わっていない。予想以上にしぶといことを、青年は身をもって味あわされていた。


 一年前の情景が脳裏にフラッシュバックしてくる。倒したと思っていた闇の存在は、凄まじいまでの生命力を発揮し油断していた男に飛び掛った―――


 嫌な記憶を振り払うようかるく頭を左右に動かすと、目の前の魔物に集中した。

 だが、青年の必要以上の心配とは裏腹に、倒れた魔物の体はどろりとした液体に変化し大地に広がった。そしてしゅうしゅうと黒煙をあげながら、大地と大気に吸収されて消えていく。

「やった……のか……?」

 青年は小さくつぶやいた。闇の存在がいなくなった瞬間、そこはまるで何事もなかったかのような風景にかわる。魔物が踏み荒らした下草や戦闘中にえぐられた大地、折れた木々の枝などはそのままで、さながらちいさな台風が吹き荒れたかのようであったが、再び森に静寂が訪れていたことは確かだった。青年が駆けつけてきて、わずか数分である。

「よかっ……た」

 緊張の糸が切れたのか、青年の背後でホノカは気を失って倒れた―――



 一年前の冬のことである。
 辺境の村は正体不明の魔物に襲われていた。

 てらてらと光る漆黒の肌、長く細い手足に逆三角形で筋肉質な上半身、狼と人間を足して2で割ったような造形の顔。手足には鋼に勝るとも劣らない凶悪な爪が生えており、強靭な肉体と凄まじい残虐性を秘めた、それはまさに「闇の存在」であった。

 剣で傷をつけたとしても次の瞬間には再生していく。立ち向かっていった村の男たちの多くが負傷し倒れた。

 だが、一人の男が闘いに加わったとき形勢は逆転する。

 凄まじき剣技はその「闇の魔物」をものともせず、その息子が呆然と見守る前で鬼神のごとき強さを発揮した。反撃の余地を与えず斬り裂き、引き裂く。

 息子は父親に恐怖心さえ抱いた。体が震え、声も出ない。

 程なくして「闇の存在」は大地に倒れた。緑色の体液にまみれた身体で、男は剣を下ろし息子に一言ことばを投げかけた。

『よく覚えておけ……これが、おまえの父親の姿だ』

 その時の寂しそうな瞳が、息子の脳裏に焼き付く。声を出すことはおろかうなづく事さえもできず、息を呑むのが精一杯であった。

 父親が只者ではないほど強い戦士であることは、うすうす感づいていた。この辺境の村におさまるほどの器ではない。王宮騎士にも引けを取らない剣技をもち、魔物をもたやすく葬り去る戦士である……いや、だからこそこの地に隠れ住むように居るのだろうか?
 さまざまな思考が入り乱れたが、真実は目の前にある光景ひとつである。倒れ伏した魔物に背をむけて、じっとこちらを見据えている父がいる。それだけだ。

 息子は知らなかった。いや、彼だけではなく村人のほとんどもであるが……、その男はこの辺境を一歩出れば「英雄」と呼ばれる存在であった。17年ほど前に勃発した魔軍との大戦で勇名を馳せた戦士であり、『神の剣』を託された唯一の人物である。

 だが、そんな男にもわずかばかりの油断があった。完全に倒したと思い込んでいた「闇の存在」は、恐ろしいほどの生命力で傷を再生させながら男の背中へと飛び掛った。

 鋭い爪は男の身体をたやすく貫き、真っ赤な鮮血があたりを濡らす。

『父さんっっっ!!!!』

 息子の絶叫が森に響いた。父親は硬く結んだ唇から一筋血を流しながらも、身体をひねって突きたてられた爪を引き抜き、一瞬の早業で魔物の首を斬り飛ばした。


 ―――そうだった、この剣はかつての剣では……


 頭をなくして力なく倒れる闇の存在を確認し、彼もその魔物のすぐ側に倒れた。

 今使っている剣は、神に託された剣でもそれ以前につかっていたものでもなく、特別な業物でもなにもない村のものがごく普通に使う剣であった。そうでもしないかぎり自分の力はあまりにも目立ってしまうのだが、しかし……それが命取りとなってしまった。

『父さぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっっっ!!!!』

 息子の絶叫が、再び森に響く。
 魔物は、しゅうしゅうと音を立てながら大地と大気に吸収されつつあった……。



 やわらかな光に包まれるような感覚とともに、ホノカは浅い眠りから覚醒した。ゆらゆらとした浮遊感とほのかにつたわる暖かさが心地よい。

「あ、気がついたみたい」

 ぼんやりとした視界の中に、心配そうに顔を覗く小さな兄妹と自分と同じくらいの年齢の女性の顔が映った。その少女は薄暗さのなか、にっこりと微笑む。

 徐々に記憶がよみがえって来るとともに、先ほどまでの闘いとその結末が浮かんでは消えた。

 ……そうか私、気を失って……

 日は既に沈み、森の小道を一向はゆっくりと歩んでいた。足の怪我をしていたはずの小さな女の子も、いまは元気に歩いている。

 歩いて……いる?

「え、あっ! わ、わたしっ!?」

 ホノカはそのとき初めて気がついた。自分で歩いていない、先ほどの青年の背にぺたりと張り付くように背負われているのだ。

「あ、いいよ。もうすぐ俺の家だし、君はリオルとリタの恩人だ。怪我もしてるみたいだから、ついたらタエコに治癒してもらうといい」

 自分が背負われている青年のやさしげな声。魔物と斬り結びあっているときの凄絶さは露ほども見せない、おだやかなことば。
 わずかに横顔だけ見えた。ホノカは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、

「わ、わたし……お、おります……」

 と小さく言った。すると、

「だめっ! おねいちゃん、ケガしてるからヒロにおんぶされててもいいの!」

 リタ、と呼ばれていた小さな女の子が、ぱたぱたと駆け寄ってきてその言葉をかき消した。怪我をしていたはずの少女の足には、鮮やかな色の布が巻きつけられている。

「あはは、リタに言われてちゃしょうがないよ。君もそんなに気にすることないから」

 青年がなぜかうれしそうに笑った。

「で、でも……重く、ないですか?」

 顔から火が出るほどの思いで、ホノカは青年にたずねた。小柄とは言えども体重の気になる年頃でもあるし、なにしろ彼女は鎧をまとっている。同世代の男性に背負われることは、羞恥に絶えがたかった。

「何言ってるんですか、怪我人は怪我人らしくおとなしくしててください」

 横から少女が口を挟む。身にまとっているのはこの地方の民族衣装だろうか。栗色の髪の毛を耳の後ろあたりで二つに縛っており、少々太めの眉とわずかに浮かんだそばかすが特徴的な少女だった。
 と、その少女に同意するようにうんうんとうなづきながら青年も口を開いた。

「そうそう、タエコに比べればぜんぜん対したことない重さだしね」

 瞬間、今度はそのタエコと呼ばれた少女の顔が真っ赤になる。

「ちょ、ちょっとヒロッ!! な、なにをいってるのよ!!!」

 まさにつかみかからんといった勢いでつめよるが、青年はホノカを背負ったまま飄々とその少女をかわした。

「ごめんごめん、たとえってやつだよ」
「もうっ、知らないっ」

 ぷんと横を見る少女。その様子をみて、おもわずくすくすと青年は笑みをこぼす。
 ホノカはそんな光景を見ながら、仲の良い二人だと心から感じた。

「あ、そうそう。自己紹介がまだだったね」

 思い出したように青年が言った。そうだ、考えてみればまだ名前も聞いていない男性に背負われているのだ。だが、先ほどまでの気恥ずかしさはなく、むしろそれが心地よかった。自分の父親にさえ背負われた記憶などないというのに。

「俺の名前はヒロ。こっちのがタエコ。君に助けてもらったのが、リオルとリタ」

 ヒロは、手早くみんなの名前をホノカに対して紹介した。会話の端々に聞いていた名前ではあるがようやくちゃんと紹介されたことで、彼女の心に刻み込まれる。

「ヒロ……さん。ありがとう、あなたのおかげで助かりました」

 ホノカはまだ言っていなかったお礼の言葉を述べた。あいかわらずぺたりと張り付くような格好で、傍目から見るとそれは仲むつまじい恋人達のようであり、いささかタエコの胸は痛んだ。……怪我をしているからしょうがない、そう強く思うことでタエコは納得することにした。

「ヒロでいいよ。君こそリタをヤツから護ってくれたんだから、礼ならこっちがしなければいけないところさ」

 照れたように、ヒロは言った。はだとはだが触れ合っていると言うのに、お互いの顔を見ることはできないもどかしさがあった。

「ところで、君の名は? それにどうしてこんな辺境の村に?」

 照れを隠すように、今度はヒロがたずねた。ホノカはそこでようやく自分にまかされていた使命を思い出す。

「私の名は……」

 ホノカはそこでいったん迷った。ちゃんと自分の名前を告げるべきか、簡単にすませてしまうべきか。
 たしかに青年は命の恩人である。だが、自分の名前を……家名をだしてもいいものなのか? 自分の使命を伝えてしまってもいいものなのか? 少女は逡巡した。

 だが……、ふぅ、とひとつ呼吸をいれる。

 なにも迷うことはないではないか、わざわざ家名や自らの使命を偽るほうが自分を貶めるだけだ。ホノカはやわらかく微笑みながら答えた。

「私の名はホノカ。ホノカ・イル・モンド・ノースグリーヴ―――」

 ヒロとタエコは驚愕に目を見開き思わず足を止めていた。不思議そうな顔でリオルとリタが歩みを止めた二人を振り返る。

 辺境であり、外界との接触を持たぬこの地ではあるが隣国については別である。唯一この地とつながりのある国、それが―――

 ノースグリーヴ王国。

 ホノカはさらに続けた。

「―――この地にはかつての大戦で勇名を馳せた戦士、リファス=ステラ殿が居られるときき、ノースグリーヴ王からリファス殿の説得の任を受けてやってきました」

 リファス=ステラ。

 その単語が出た瞬間、びくんとヒロの身体が震えた。背中に居た少女は、どうしてこれほどこの青年が反応を示したのかわかるはずもない。

「ヒロ、どうかしたのですか?」

 ホノカは先ほどまでのわきあいあいとした雰囲気から、一転した青年たちの様子になにかただならぬものを感じた。さすがにノースグリーヴ家の名は、二人を驚かさせてしまったかと少々反省した。

 だが、ヒロの動揺はその王家の名にはない。

「……ホノカ・イル・モンド・ノースグリーヴ様、俺の……いや、私の……名は……ヒロ=ステラ……」

 ぐっとトーンを落とした声でヒロはつぶやいた。冷や汗がほほをつたう。

 その言葉にホノカは耳を疑った。青年はかまわず続けた。

「残念ですが……父、リファス=ステラは、一年前ほどに死んでいます」

 衝撃がホノカのなかを駆けぬけた―――


To be Continude.

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